2007年9月 9日 (日)

『日英蘭奇跡の出会い』

Tsurukame

本日午後、ホリデイ・イン・トーランスで開催された「鶴亀彰『海に眠る父を求めて 日英蘭奇跡の出会い』出版記念の集い」に参加しました。鶴亀さんはロサンゼルス在住のビジネスコンサルタント。私は、とある食事会で同席させて頂いた程度の面識しかなかったのですが、この度、鶴亀さんが上梓された『海に眠る父を求めて 日英蘭奇跡の出会い』に興味があったので、即売会でサイン入りの本を購入すべく、参加したわけです。

本の概要は、還暦を過ぎてから、3歳のときに日本海軍の伊号潜水艦の乗務員として戦死した父の足跡を調査するうちに、父の艦が沈めたオランダの潜水艦の乗務員の遺族、そして、父の艦を沈めたイギリスの潜水艦長と出会い、それぞれの戦後を語り合う姿を通じ、恩讐を超えた交流が広がっていくというものです。私は、本日購入したばかりなので、まだ最初の方しか読んでいないのですが、本の冒頭に掲載されている鶴亀さんのお父さんが残された遺書は、涙なしには読むことができません。

イベントでは、鶴亀さんのお話や祝辞のほか、アイルランドで制作されたドキュメンタリー『The Reconciliation(和解)』が上映されました。このイベントを通じて感じたのは、戦争の理不尽さはもちろんのこと、人生が偶然の積み重ねであること、そして、現在生あることに対する感謝の気持ちでした。私も既に両親が他界していますが、改めて二人の人生を見つめ直してみたいとも感じました。

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2007年9月 4日 (火)

『マンガ嫌韓流3』

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もう続編が出ることはないと思っていた『マンガ嫌韓流』シリーズの三作目が登場しました。日本で先月28日の販売でしたので、米国で発売されるのは、もっと先かと思っていたのですが、先週金曜日にコスタメサの紀伊国屋書店に行ってみたところ、驚くべきことに、もう店頭に出ていました。誰か予約申込みをした方でもいたのでしょうか?

米国は月曜日がレイバー・デー(労働者の日)ということもあり、ちょうど3連休となっていました。しかしながら、特にこれといった予定もなかった私は、仕方なく弁理士試験の勉強をしていて、その空いている時間を使って、何とか全部読み終えることができました。

一読した感想ですが、さすがに三作目ともなり、ネタ切れの印象が強いです。韓国系カルト宗教をはじめ、私にとっては特に目新しいものはありませんでした。しかしながら、米国下院での慰安婦決議案可決など、最近の話題も盛り込まれており、情報の鮮度を作者側が意識していることが伺えます。韓国とは関係ありませんが、同じくタブー視されている”同和利権”についても取り上げられていた点には感心しました。

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2007年8月 5日 (日)

おろち

漫画家の楳図かずお氏(70)が東京・吉祥寺の住宅地に建築中の住居に対して、「景観無視の奇怪な建造物」であるとして近隣住民が工事差し止めの仮処分を申し立てているというニュースを目にしました。赤白しま模様のデザインで、屋根の上に「マッチョメマン」をイメージした円柱の塔が乗るとのことです。(楳図氏本人のウェブサイトでは、「マッチョメマン」について、”松長製菓のシンボル「マッチョメマン」!ずんごくかっちょいいのらー!”と書いてあったのですが、何だか良く分かりません。)

ところで、楳図氏といえば、『まことちゃん』の作者として有名ですが、実は私は『まことちゃん』は一度も読んだことがなく、小学校高学年の頃は、もっぱら、同氏の恐怖漫画などを書店で立ち読みしていました。(当時は書店で長時間コミックを立ち読みするのは、比較的容易だったのです。)

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数ある同氏の作品の中でも、最高傑作だと思うのは、『漂流教室』と『おろち』です。『漂流教室』は既に何度か映像化もされていますが、個人的には『おろち』の方が好きです。「おろち」というのは、主人公の美しい女の子の名前。様々な登場人物の人生の語り部として登場するのですが、単なる傍観者としてではなく、不思議な能力を使って介入したり、また、登場人物たちと、ともに笑い、泣き、怒り、そして傷ついたりします。非常に魅力的な女性キャラクターです。(当時の私の理想の女性像かなあ・・・。)

1969年~1970年にかけて連載されていますから、今から37~38年前の作品となります。高度経済成長期という当時の時代背景も無視できませんが、人間心理の奥底にある醜い部分や弱い部分を鋭く抉り出した心理描写は、現在読んでみても何の違和感も感じないほどです。復刻本も出ておりますので、ご興味のある方は、是非ご一読して頂きたいと思います。

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2007年6月18日 (月)

折口雅博 『起業の条件』

コムスンの介護保険事業を巡る一連の不正問題で、親会社であるグッドウィル・グループの折口雅博会長が、8日の記者会見以降、テレビの報道番組に出まくり、謝罪行脚しています。実は、私は10年前に折口氏の講演を見に行ったことがあるのですが、あの強烈なカリスマ性はどこに行ってしまったのか、冴えない言い訳に終始していました。(また、知らぬ間に石川五右衛門みたいな髪型になっていますし・・・。)

どうして折口氏の講演なんか見に行ったのか、疑問に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、当時、20代にして既にサラリーマン生活に疲れていた私は、何を血迷ったのか、起業に興味を持ち、大前研一氏の主催するスクールに通ったり、ベンチャー企業の経営者の講演を聞きに行ったりしていたのです。その中でも、折口氏の話は私に強烈な印象を残しました。

折口氏は、人口甘味料の工場を経営する裕福な家庭で生まれるものの、発癌性確認による法規制で工場は倒産。その後、極貧生活に陥り、両親も離婚。一家は生活保護を受けるまでになります。学費が払えず、陸上自衛隊の少年工科学校を経て、防衛大学校に入学。卒業後に任官拒否し、日商岩井(現・双日)に入社後は、当時一世を風靡したディスコ「ジュリアナ東京」の仕掛け人として名を馳せます。六本木のディスコ「ヴェルファーレ」を手掛けた後、現在のグッドウィル・グループを設立したのです。その波乱に満ちた人生に驚かされた私は、彼の本まで買ってしまいました。それが『起業の条件-若者文化からビジネスを生み出す方法-』(経済界)です。

今週末、時間があったので、ちょっとその本を読み直してみました。当時の折口氏は35歳。(今の私よりも若い!)当時の彼が自信とエネルギーで満ち溢れていたことは、その文面からも窺い知ることができます。面白いことに、彼の経営手法の問題点をも読み取ることができました。例えば、現在のコムスン問題は、同社の無理な経営拡大路線から発生したと言われていますが、10年前、既に彼はこんなことを言っています。

企業後の急成長は、いろいろな面でメリットをもたらす。まず一つには、圧倒的な市場制圧力を持つことができる。そのことは、私が現在手がけている人材アウトソーシング会社、グッドウィルでもまさに実践している。
・・・このように順調に成長しているのは、スタートすると同時に、支店数や従業員を一気に増やすことを目標にし、まさに実行してきたからだ。その結果、圧倒的な市場制圧力を手にすることができた。グッドウィルの事業を模倣しようと考える会社もあったが、それらを振り切って先頭を走り続けることができた。あまりのスピードに、彼らはついてこれなかったのだ。(44ページ)

このビジネススタイルが、介護保険事業には合わなかったということなのでしょう。ジャーナリストの田原総一郎氏は、「彼は記者会見で、なぜ介護事業をはじめたのか聞かれて、自分の父親の介護が大変だった経験から、介護事業をやらなければいけないと思ったと語っていたが、実はこれも嘘くさい。」とか、「これは儲かると思って、彼は事業をはじめたのだ。彼が父親のことを思って介護始めたわけでもなんでもなく、儲かるタイミングで事業を始めようと思ったわけだ。」などと指摘し、折口氏を糾弾しています。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070614_15th/index.html
『コムスンで介護を食い物にしたグッドウィル折口氏の“犯罪”(nikkei BPnet)』

しかしながら、私は、その動機は、まんざら嘘ではないのではないかと感じています。というのも、コムスンへの資本参加前に記された同書において、折口氏は以下のようなことを既に語っているからです。

また、これは私の個人的な体験から生まれた思いなのだが、在宅介護ビジネスも展開していきたいと考えている。父が亡くなるまでの三ヶ月間、介護のために泊り込んだ病院で、高齢者やその家族が抱える厳しい現実を目のあたりにした。日々、介護するなかで、その仕事がいかに重要で、かつ人々に求められているものであるかも分かった。近い将来、必ず実現したいと考えている。(134ページ)

単なる金儲けではなく、世の中のためにもなる事業だと考えていたようです。もっとも、単なるボランティアでビジネスをする人間はいませんし、当時は介護保険法案が国会を通る直前でしたから、大きなビジネスチャンスだと考えたのは間違いないでしょう。

また、田園調布の豪邸に住み、高級外車を乗り回すという折口氏の派手なライフスタイルも、世間の反発を広めているひとつの要因であるとは思います。コムスンの不正は確かに問題ですが、単なる嫉妬心だけで彼を叩いている人が多いのも事実でしょう。

こちらが成功を収めたり、金持ちになったりすると、本人の前では賞賛しても、陰では「偉くなって付き合いづらくなった」「そのうち、つまずくぞ」などと言って、転落するのを楽しみにしている。
だから、成功しているときこそ、注意しなければならない。強い嫉妬心を抱く人間に、どこで足元をすくわれるか分からない。
自分より下にいるか、自分と並んでいる相手に対しては、日本人は非常に寛容である。しかし、横並びを飛び出したヒーローに対しては、非常に手厳しい。ちょっとでもすきを見せようならば、待ってましたとばかりにバッシングする。(190ページ)

こんな感じで、10年前から日本人の国民性を既に十分理解していたようですから、折口氏にとってみれば、現在の逆境は想定内のことであるのかもしれません。なお、彼の人生のゴールはいったい何なのか、途中から気になって読み進めてみたところ、やはり最後の方に書いてありました。

最終的には、この資本主義社会のなかで大きな力を持ちたい。そうすれば、自分のやりたいことが自由にできるようになる。そのために、資本力と組織力をつけ、飽くなき起業拡大をしていく。(210ページ)
・・・ではなぜ、世の中で大きな影響力を持ちたいのか。
じつをいうと、それは私自身にも明確には分からないのである。しかし、あえて答えるとすれば、資本主義社会で力をつけ、社会・世の中のために事を為し、究極的には、そのことによる自己満足を味わって人生を終えたいから、ということになるだろうか。(211ページ)

なるほど。私の人生観とは随分と異なりますが、ただ何となく生きている人間が多い中、30代半ばにして、既にここまで考えていたとは、大変感心させられます。個人的には、折口氏が再起し、更なる活躍をすることを期待しています。

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